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津地方裁判所 平成2年(ワ)292号 判決

原告

勇成電子株式会社

右代表者代表取締役

長谷維政

外五名

右六名訴訟代理人弁護士

富永俊造

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

寺澤弘

柴田義朗

高橋太郎

寺本ますみ

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は

1  原告勇成電子株式会社に対し、金二億〇九七六万六八五二円

2  原告三銀ファイナンス株式会社に対し、金三億六四七四万五〇〇七円

3  原告株式会社ヤナギダ・テクノに対し、金三四八三万三九八五円

4  原告労働福祉事業団に対し、金一一五六万六九五二円

5  原告株式会社三実通商に対し、金一〇七七万八九五一円

6  原告ローム株式会社に対し、金四二〇万八九四〇円

及びこれらに対する平成二年一月二六日から支払ずみまで年六分の割合による各金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  火災保険契約

株式会社ナビック(以下「ナビック」という)は、被告との間で次の保険契約を締結していた。

(一) 保険の種類 火災保険(工場物件用一一回払)

保険の目的 南牟婁郡御浜町阿田和五〇一四番地

鉄骨スレート葺平屋建作業場 757.45平方メートル

保険期間 平成元年九月二一日〜平成二年九月二一日

保険金額 五〇〇〇万円

保険料 月額二九三〇円の一二回分割支払(支払日・各月二六日)

(以下、右契約を「本件(一)の保険契約」といい、右月額保険料を「本件(一)の保険料」という)

(二) 保険の種類 火災保険(工場物件用一二回払)

保険の目的 南牟婁郡御浜町阿田和五〇一四番地

鉄骨モルタルスレート葺平屋建事務所六六〇平方メートル

(右(一)の建物と同じ)内の備品器械設備・商品

保険期間 平成元年一二月二五日〜平成二年一月二九日

保険金額 什器備品機械設備五〇〇〇万円 商品九〇〇〇万円

保険料 月額一万〇七八〇円の一二回分割払(支払日・各月二六日)

(以下、右契約を「本件(二)の保険契約」といい、右月額保険料を「本件(二)の保険料という)

(二)の2 右(二)火災保険の保険金額の異動契約(契約日平成元年一二月二五日)

保険の目的 商品(製品・仕掛品・材料を含め)

保険期間 平成元年一二月二五日〜平成二年一月二九日

保険金額 五億二〇〇〇万円を増額する(商品の保険金額は、合計六億一〇〇〇万円となる)

保険料 八万〇〇八〇円 保険終期までの増額分の保険料を平成元年一二月二五日に支払う

(三) 保険の種類 火災保険(一般物件用一二回払)

保険の目的 南牟婁郡御浜町阿田和五〇一四番地

木造鉄板葺防サイディング張二階建事務所 180.40平方メートル

保険期間 平成元年九月二一日〜平成二年九月二一日

保険金額 建物一五〇〇万円 什器備品・機械設備一〇〇〇万円

保険料 月額四一三〇円の一二回分割払(支払日・各月二六日)

2  火災の発生

平成二年一月一〇日ナビックの右1(一)の建物(以下「本件建物」という)から出火し、同建物を半焼、右1(二)・(二)の2の保険対象物件を焼失ないし消火水により機能損傷した(以下「本件火災」という)。

3  原告らのナビックに対する債権額

平成二年一一月三〇日の時点における、原告らのナビックに対する債権額は次のとおりである〈編注:下図〉(甲一一の1ないし8、甲一二の1ないし6、甲一三の1・2、甲一四ないし一六)。

二  原告らの主張

1  本件火災の偶然性

本件火災はナビックの本件建物から偶然出火したものである。

2  損害

ナビックが火災により受けた損害は次のとおりである。

(一) 建物 二七一七万円

(二) 什器備品類 三四〇四万〇一九四円(別表2―1〜3)

(なお、別表2の合計金額は三〇八九万円)

(三) 商品材料類 五億九六六二万一六八五円(別表1)

(なお、別表1の合計金額は六億一七三三万二八一五円)

(四) 合計 六億五七八三万一八七九円

(なお、別表1、2の合計金額は六億七五三九万三〇〇九円)

3  債権者代位権の行使

ナビックは、平成二年二月代表取締役榎本輝(以下「榎本」という)の逐電とともに倒産同様となった。

原告

債権種別

債権額(円)

勇成電子

手形・小切手・組戻し料等元本

二億〇〇九六万八九五〇

遅延損害金(~平成二・一一・三〇)  6%

八七九万七九〇二

合計

二億〇九七六万六八五二

三銀ファイナンス

貸付元本

二億七六九九万九五九九

利息

一八六万六三四二

損害金(~平成二・一一・三)29.2%

八五八七万九〇六六

合計

三億六四七四万五〇〇七

ヤナギダ・テクノ

売掛金

三三三六万九三八九

損害金(平成二・三・八~一一・三〇) 6%

一四六万四五九六

合計

三四八三万三九八五

労働福祉事業団

未払賃金の立替金

一一五六万六九五二

三実通商

売掛金

一〇三二万五七五〇

損害金(平成二・三・八~一一・三〇) 6%

四五万三二〇一

合計

一〇七七万八九五一

ローム

貸付金(売掛を準消費貸借に)

四〇〇万六四五三

損害金(平成二・一・二~六・一一・三〇) 6%

二〇万二四八七

合計

四二〇万八九四〇

総合計

六億三五九〇万〇六八七

原告らは、ナビックの債権者であるが、その債権を保全するため、ナビックの被告に対する債権(本件火災保険金請求債権)を代位行使する。

なお、原告三銀ファイナンスの債権額は平成五年七月一三日時点で

貸付元本二億六三六九万四五三三円

損害金(平成三・九・一〇〜五・七・三一 29.2%)

一億四五七七万〇三三七円

合計  四億〇九四六万四八七〇円となるが、前記表の債権額内で請求する。

他の原告らについても、損害金等は右表以後加算されるが、同様に右表の債権額内で請求する。

三  原告らの主張に対する被告の認否

1  原告らの主張1は否認する。

2  同2の損害はいずれも否認する(ナッキーに関する商品及び材料はデッドストックであり全く価値がなかったからである)。

3  同3のうち、原告らがナビックに対してそれぞれ各種債権を有しているとの主張は争う。

四  被告の主張と抗弁

1  本件建物について

(一)(1) 本件建物は、御浜電工株式会社(以下「御浜電工」という)から榎本に対し売買され、津地方法務局御浜出張所昭和六三年四月四日受付第二二五一号(原因昭和六三年四月四日売買)をもって所有権移転登記が経由された。

(2) 本件建物を保険の目的とし、保険契約者を御浜電工とし、被告との間で前記一1(一)と同旨の内容の火災保険契約(契約日昭和六三年一月二九日、証券番号第五七九五―六七二五七号)を締結していた御浜電工には、火災保険普通保険約款(工場物件用。以下「約款」という)第二章(告知義務通知義務等)八条一項に基づき「保険の目的の譲渡」をしたのであるから、その旨を保険者たる被告に対して、書面でもって通知すべき義務があった。

(3) しかし、御浜電工は、昭和六三年四月四日から同年九月二一日までの間、保険の目的たる本件建物が御浜電工から榎本個人に所有権移転し、かつその旨の登記手続も了していたにもかかわらず、約款第二章八条一項の義務に反して、保険の目的たる本件建物を譲渡した旨の書面による通知をしなかった。

(二) 他方、ナビックは被告に対し、昭和六三年九月二一日、証券番号第五七九五―六七二五七号火災保険契約につき、「御浜電工」と「ナビック」とが全くの別法人であるという事実を隠し、あたかも同一法人であるところ商号のみ変更したかのごとく虚偽の事実を申し向けて社名変更の異動承認請求をして、その旨信じた被告をしてその旨の承認をさせた。

(三) 証券番号第五七九五―六七二五七号の火災保険契約が満期となる平成元年九月二一日の二日前の平成元年九月一九日、ナビックは被告代理店中日裏秀男(以下「中日裏」という)に対し、証券番号第五七九五―六七二五七号火災保険特約の継続として、前記一1(一)の保険契約申込をするに際し、火災保険継続申込書被保険者氏名欄に「榎本輝」という記載をしなかった。ナビックは火災保険継続申込書に被保険者を「榎本輝」とする旨、換言すれば、第三者のためにする契約であることを明記しなかったので、約款第二章一〇条により、右保険契約は無効となる。

(四)(1) 仮に、本件(一)の火災保険契約が有効であるとして、平成二年一月一〇日発生の火災が偶然発生したものであるとしても、同火災による本件建物の一部焼失損失は本件建物の所有者である榎本個人に生ずるにすぎず、ナビックに生ずるものではない。

(2) したがって、榎本個人が右(1)の仮定条件をすべて満たしたときにはじめて被告に対する関係で右火災保険金請求債権を取得するのであるから、ナビックに対して前記一3の各債権をそれぞれ有するにすぎない原告らは、右火災保険金請求債権を代位行使することができない。

(五) なお、榎本個人が右(四)(1)の仮定条件をすべて満たしたときにはじめて被告に対して取得する右建物火災保険金請求権は、商法六六三条に基づき平成二年一月一〇日から二年の経過により時効消滅した。被告は、本訴において右消滅時効を援用する。

2  商品(別表1)、什器備品類(別表2)について

(一) 別表1―3及び別表4、5の金型は本件火災本件保険契約上いずれも保険の目的とする旨明記がされておらず、約款(保険の目的の範囲)三条一項により保険の目的に含まれない。

(二) 別表2―1ないし3の什器備品は、ナビックの所有ではない。

ナビックの第一期ないし第三期の総勘定元帳什器備品の頁並びに第一期及び第二期の決算書(乙五九ないし六二)を見るかぎり、ナビックは御浜電工から別表2―1ないし3の什器備品類を買い受けたことはない。

(三)(1) 証券番号第五七九五―六七二五七号の火災保険契約は、御浜電工を保険契約者とし、南牟郡御浜町大字阿田和五〇一四番地、鉄骨モルタルスレート葺平屋建事務所六六〇平方メートル内収容の什器備品・機械設備(御浜電工所有のもの)を保険の目的とし、その保険金額を五〇〇〇万円とするものであった。

右証券番号第五七九五―六七二五七号の火災保険契約に関して、御浜電工は被告に対し、約款第二章八条一項に基づいて、「保険の目的を譲渡した」旨の書面による通知をしたことはなかった。

(2) ナビックは、昭和六三年九月二一日、証券番号第五七九五―六七二五七号火災保険契約について、「御浜電工」と「ナビック」とがそれぞれ全く別個の独立法人であるのに、あたかも同一法人であり、単に商号変更をしただけであるかのごとく装って、被告に対してその旨虚偽の事実を申し向けて「社名変更の異動承認請求」をし、その旨を信じた被告をしてその旨の承認をさせた。

(3) ナビックは被告代理店中日裏に対し、平成元年一月二七日、証券番号第五七九五―六七二五七号の火災保険契約の継続として、前記一1(二)の火災保険継続申込をしたのであるが、本件建物内にある什器備品・機械設備を保険の目的とした。ナビックが御浜電工の所有に属しているのに、本件建物内の什器備品・機械設備を右火災保険の目的とするつもりであったのであれば、火災保険継続申込書にこれら什器備品・機械設備の被保険者を御浜電工とする旨の明記、換言すれば、第三者のためにする契約である旨の明記をしなければならないのに、ナビックは右火災保険継続申込書の被保険者欄に「御浜電工」としなかった。

(4) したがって、約款第二章(保険契約の無効)一〇条により、本件(二)の保険契約は、保険の目的を御浜電工所有の什器備品・機械設備とする限り(別表2―1ないし3)、その範囲において無効である。

(四) もし、ナビックが御浜電工の所有に属するものを除いて本件建物内に存在するナビック所有にかかる什器備品・機械設備のみを右火災保険の目的としたのであれば、本件(二)の火災保険契約はその限りにおいて有効ではあるが、そうである限り御浜電工の所有に属する什器備品・機械設備は右火災保険の目的にはなっていなかったといわなければならない。

(五) 仮に右火災保険契約が第三者のためにする契約として有効であるとして、本件火災が偶然発生したものであるとしても、別表2―1ないし3の什器備品・機械設備が御浜電工の所有に属している限り、被保険者は御浜電工になり、これら什器備品・機械設備の罹災による火災保険金請求権は御浜電工に帰属するのであり、ナビックに対して、前記一3記載の各債権を有するにすぎない原告らは被告に対し、御浜電工に代位してこれら什器備品・機械設備焼失にもとづく火災保険金請求権を行使することはできない。

(六) なお、御浜電工が右(五)の仮定条件をすべて満たしていたとき、はじめて被告に対し取得する罹災什器備品・機械設備火災保険金請求債権は、商法六六三条により平成二年一月一〇日から二年の経過により時効消滅した。被告は、本訴において右消滅時効を援用する。

3  分割払保険料未払による保険金不払

(一) ナビックは被告との間で、昭和六三年九月二一日に証券番号第五七九五―六七二五七号の保険契約(継続契約を含む。したがって本件(二)の保険契約を含む)、証券番号第二三〇一―九七五七六号の保険契約(継続契約を含む。したがって本件(一)の保険契約を含む)及び第二三〇一―九七五八九号の保険契約(継続契約を含む。したがって第六五〇一―二七四三九号の保険契約=本件(三)の保険契約を含む)につき、損害保険料をナビック指定の銀行預金口座(第三相互銀行御浜支店、株式会社ナビック名義の普通預金、口座番号六四六三六八)からの口座振替によって支払う旨約定(以下「口振特約」という)している。

(二) ナビックは、平成二年一月二六日までに、平成元年一二月二六日支払うべき分割払保険料一二口分(本件(一)ないし(三)の火災保険契約のほか、自動車保険契約九口分)合計六万〇九三〇円(本件(一)(二)の火災保険分二口は一万三七一〇円)を支払わなかった。

(三) 分割払特約条項四条(「保険契約者が第二回目以降の分割払保険料について当該分割払保険料を払込むべき払込期日後一か月を経過した後もその払込を怠ったときは、当会社はその払込期日後に生じた事故については保険金を支払いません」)の定めにより、ナビックが平成元年一二月二六日一二口の分割払保険料(本件(一)(二)の分割払保険料を含む)を支払わず、その後一か月を経過した後もその払込を怠ったのであるから、被告はナビックに対し、同日以降に発生した火災保険事故について保険金の支払を免責される。

4  故意免責の主張

(一) 約款二条一項は、

「当会社は、次の掲げる事由によって生じた損害または傷害に対しては、保険金(カッコ内省略)を支払いません。

(1) 保険契約者被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは、その理事、取締役、または法人の業務を執行する其の他の機関)の故意もしくは重大な過失又は法令違反

(2) 後略」というのである。

(二) ナッキーがデッドストックであったという事実のほかに、保険契約者兼被保険者のナビックないし榎本には、故意を推認させる不審行動の積み重ねがある。

(三) したがって、本件火災はナビックないし榎本の故意により招致されたものであるから、被告は本約款二条にもとづき本件火災保険金不払(免責)を主張する。

5  正当理由のない不実通知を理由とする免責の主張

(一) 本約款一七条一項及び三項は、

「(一項)保険契約者または被保険者は、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、遅滞なく書面をもってこれを当会社に通知し、かつ、損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に当会社に提出しなければなりません。」

「(三項)保険契約者または被保険者が、正当な理由がないのに第一項の規定に違反したとき、または提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、当会社は、保険金を支払いません。」

というのである。

(二) 平成二年一月二四日、ナビックは被告津支店に対して、本約款一七条一項にもとづいて、損害(現在高)見積明細書(以下「損害見積書」という)を郵送し、同月二九日、被告中部損害査定部火災新種課にこれら損害見積書が到達した。

(三) ナビックは正当な理由がないのに、損害見積書に故意に不実の表示をした。

(四) よって、被告は、本約款一七条一項及び三項に基づき、本件火災保険金不払(免責)の主張をする。

五  被告の主張と抗弁に対する原告らの認否と反論

1  被告の主張1(建物)、2(商品、什器備品類)について

いずれも否認する。

(一) 工場及び工場内部に御浜電工の所有物は存しない。

(二) 本件火災保険の異動承認手続は、中日裏か被告においてされた、所有権の通知義務違反を問題とされるいわれはない。

(三) ナビックによる社名変更虚偽事実の申し向けはない。

(四) 什器備品は、ナビックの所有物である。

2  同3(分割払保険料未払による保険金不払)について

分割払特約条項四項の定めのあることは認めるが、その余は否認する。

3  同4(故意免責)について

約款二条一項の定めのあることは認めるが、その余は否認する。

4  同5(不実通知による免責)について

約款一七条一、三項の定めのあることは認めるが、その余は否認する。

六  再抗弁

1  火災保険約款保険料分割払特約四条の無条件適用は無効であり、これを有効とするためには次のとおり制限適用をしなければならない。

(一) 特約四条の適用には保険契約者の責めに帰すべき事由が必要であるが、ナビックには保険料支払の遅滞の責めに帰すべき事由がない。

(二) 不払事実のみでは特約四条は適用できない。特約四条を不払の事実のみで適用すると、「保険契約解除の制限法理」「みまき荘事件判例理論」と整合しなくなる。

(三) 未払保険料の提供(保険金不払の否認)、責めに帰すべきでない等特約四条の適用が制限されている間の平成二年二月五日五万九〇四〇円、二月一九日二九三〇円をナビックは被告に振込送金した。

(四) 僅少な未払保険料で高額な保険金の支払を拒絶することは信義則に反する。

2  約款二章一〇条、商法六四八条の無条件適用は公序良俗・信義則に反し無効であり、被告が右約款の定め及び商法の定めを援用するのは、権利の濫用となる。

3  被告の工場が榎本個人の所有であるとの主張、同工場内の什器備品(別表2―1ないし3記載のもの)は御浜電工の所有であるとの主張は信義則、禁反言の法理から違法である。

(一) 被保険利益が榎本にあったとしても、工場と仮に什器備品の一部が榎本の所有だとしても保険の目的所有者欄の記載を落しただけであり、保険者は榎本に被保険利益があったことから榎本に保険金を支払い、保険金の支払先は榎本の指図したところに振込めばよいことになる。

(二) 被告の右主張は信義則、禁反言の法理から違法である。

実務では被保険利益(目的物の帰属)と証券記載が不一致の場合がしばしば見かけられ、そのために諸事情を考慮して不正(悪意)がなければ問題としないのが当然で、保険者に慎重なる損害調査と対応を要求している。ところが被告は火災後調査に入りながら工場、備品の所有関係についてナビックに教示もなく、帰属に関する質問もなく、書類提出すら求めていない。

七  再抗弁に対する被告の認否

1  いずれも否認する。

2  再抗弁1(一)(二)に対する反論

榎本がナビックの資金を勝手に流用使用したことが、被告とナビックの口振特約に基づき、平成元年一二月二六日にナビックが被告に分割保険料を支払えず、その後一か月以内にも遅延分割保険料を支払えなかった原因である。

3  再抗弁1(三)に対する反論

原告らは、ナビックが口振特約に基づく支払をしなかったことについて、ナビックの責めに帰すべき事由がないことを主張すべきである。

八  本件の争点

1  本件建物所有権と本件保険契約の無効。本件火災保険金請求権は榎本個人に帰属するか。

2  本件商品等の所有権と本件保険契約の無効。本件火災保険金請求権は御浜電工に帰属するか。

3  分割払保険金未払による保険料不払について

(一) 保険契約者の帰責事由

(二) 信義則違反

4  本件火災保険金支払の故意免責について

5  正当理由のない不実通知を理由とする免責について

6  ナビックの損害

第三  争点に対する判断

一  本件保険料分割払

証拠(乙一、二、乙四の1ないし12、乙五の1・2、乙一三の1ないし3、乙一八の1ないし4、乙一九の1ないし3、乙四九)によれば、次の事実が認められる。

1  ナビックは被告との間で、昭和六三年九月二一日に証券番号第五七九五―六七二五七号の保険契約(継続契約を含む。したがって、本件(二)の保険契約を含む)、証券番号第二三〇一―九七五七六号の保険契約(継続契約を含む。したがって、本件(一)の保険契約を含む)及び第二三〇一―九七五八九号の保険契約(継続契約を含む。したがって、第六五〇一―二七四三九号の保険契約=本件(三)の保険契約を含む)につき、損害保険料をナビック指定の銀行預金口座(第三相互銀行御浜支店、株式会社ナビック名義の普通預金、口座番号六四六三六八)からの口座振替によって支払う旨約定した(以下、右約定を「口振特約」という)。

2  ナビックは、平成二年一月二六日までに、平成元年一二月二六日支払うべき分割払保険料一二口分(本件(一)ないし(三)の火災保険契約のほか、自動車保険契約九口分)合計六万〇九三〇円(本件(一)(二)の火災保険分二口は一万三七一〇円)を支払わなかった。

3  分割払特約条項四条では、「保険契約者が第二回目以降の分割払保険料について当該分割払保険料を払込むべき払込期日後一か月を経過した後もその払込を怠ったときは、当会社はその払込期日後に生じた事故については保険金を支払いません」とされている。

二  分割払保険料未払による保険金不払の主張(争点3)について

1 まず、被告の、分割払保険料未払による保険金不払の主張(争点3)、すなわち特約条項四条の適用について検討する。

そもそも同条項は、保険契約者が分割払保険料の支払を一か月以上遅滞した場合、右保険料払込期日後に発生した保険事故について保険会社が保険金支払義務を負わなくなる旨(保険休止状態)を規定したものである。ただし、その後、履行期が到来した未払分割保険料の元本の全額に相当する金額が当該保険契約が終了する前に保険会社に対し支払われたときは、保険会社は右支払後に発生した保険事故については保険金支払義務を負うと解される。なぜなら、右条項の趣旨は、保険契約者が保険料の支払を遅滞する場合に保険金を支払わないという制裁を課することによって、保険会社の保険料収入を確保するとともに、履行期が到来した保険料の支払がないのに保険会社が保険金支払義務を負うという不当な事態の発生を避けようとする点にあるが、履行期が到来した分割保険料が支払われたときには右制裁を課する理由がなくなるから、保険金支払義務の再発生を認めるべきであると考えられるからである(最高裁第二小法廷平成九年一〇月一七日判決参照)。

2  証拠(甲一の3、甲二二の1ないし12、甲二三の1ないし12、乙五の1・2、証人中日裏、同榎本輝(後記認定に反する部分を除く))によれば、次の事実が認められる。

(一) 中日裏は、平成元年一二月二五日、本件(二)の2の火災保険増額契約締結の際、榎本から追加保険料八万〇〇八〇円の支払を受けた。翌日、従前の保険料六万〇九三〇円の支払日であったが、中日裏としては、口座振替によって当然支払があると思っていた。

(二) 中日裏は、平成二年一月一〇日本件火災の知らせを受けた。同月一六日、被告はナビックに対し「損害保険料再請求のお知らせ」のはがき一二枚を郵送し、一、二日後にはナビックに到達した。そして被告は、津支店を通じて中日裏に対し、ナビックに関する「口振・振替不能と再請求のお知らせ」と題する書面一二通と未入金一覧表を送った。中日裏は同月二〇日、これらの書面をナビックに持っていったが、中日裏は同日榎本や松下社長に会うことができず、同月二二日漸く松下社長に会うことができた。中日裏は松下に対し、同月二六日までに未払保険料を入金しないと、契約が失効する旨告げた。松下はすぐ入金すると答えた(証人中日裏は入金を指示しなかったとも証言するが、同証人は、松下に対し入金を指示し、入金がないと契約が失効すると告げたと具体的に証言していること、その他前掲各証拠に照らし、右指示しなかったとする証言部分は採用できない)。

(三) 同月一一日、一二日に被告中部損害査定部火災新種課長らが本件火災現場の調査を行った。同月二五日にも同課長らが本件火災現場に臨場し、ナビックは被告指導の下に火災保険金請求に係る書類を作成し、被告側はその書類とナビックの会計帳簿を持ち帰った。しかし、被告側は、翌日が本件保険料の支払最終期限であることを告知しなかった。

(四) 榎本及びナビックは本件保険料を支払わないまま平成二年一月二六日を経過したが、榎本は被告に対し、同年二月五日滞納していた保険料を送金した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人榎本輝、同榎本季子の証言は前掲各証拠に照らし採用することができない。

3 右認定事実によれば、未払分割保険料の支払があったのは右保険料払込期日から一か月経過した後であるから、右払込期日後の本件火災については保険休止状態における保険事故であり、被告の保険金支払義務は発生していないものと認められる。

4  そこで、特約四条を制限適用すべきであるとの原告らの主張について判断する。

(一) 特約四条自体が公平の原則・信義則に反し無効であるとはいえない。しかし、同条適用の結果の重大性に照らすと、分割払保険料の支払遅滞につき保険契約者の帰責事由を要すると解する。

(二) 証拠(甲一五の1、甲三五の1ないし7、証人村木為男、同榎本輝)によれば、次の事実が認められる。

(1) 榎本は御浜町の町会議員であるが、平成元年後半選挙運動のためナビックの資金を流用使用してしまい、ナビックが取引先の三実通商に対し振り出した約束手形(満期同年一二月四日)の決済ができず、三実通商に対しジャンプの依頼をして、三実通商はこれを承諾した。

(2) 平成元年一二月二六日、ナビックの本件口振特約約定預金口座から同日引き落とすべき本件保険料が預金不足のため引き落とされなかった。翌二七日、三重県商工労働課から僻地雇用促進助成金として二九二八万五六五〇円の入金があり、預金残高が二九二八万七五八五円となったが、その翌日の二八日榎本が二九一五万円を引き出して、榎本個人のナビックに対する貸付金の返済として受け取った。

(3) 前記のとおり榎本及びナビックは本件保険料を支払わないまま平成二年一月二六日を経過したが、榎本は被告に対し、同年二月五日滞納していた保険料を送金した。

(三)  右認定事実によれば、榎本及びナビックには本件保険料支払遅滞につき責に帰すべき事由があるものと認められる。

原告らは、ナビックが放火の疑いにより幹部と社員が警察の取り調べを受けたり、火事の後始末・債権者への対応・会社再建が必要になるなど、非常に混乱していて会社組織が機能していなかったので、右遅滞につき帰責事由がなかったとも主張する。

しかし、右認定のとおり支払遅滞自体榎本が招いたものであること、被告はナビックに対し保険料再請求のはがきを郵送したこと、中日裏は本件火災後松下と会って、平成二年一月二六日までに未払保険料を入金しないと契約が失効する旨告げたことなどに照らし、原告らの右主張を採用することはできない。

(四)  また、原告らは、被告が僅少な未払保険料で高額な保険金の支払を拒絶することは信義則に反する旨主張する。

しかし、前記事実経過、特に、保険料が口座振替されなかったことは榎本及びナビックの手落ちであること、被告側はナビックに対し未払保険料支払の催告をしたこと、それにもかかわらずナビックは未払保険料の支払をしなかったことなどに照らすと、被告の保険金支払拒絶が信義則に反するとはいえない。

5  なお、戸出証人は、①損保代理店委託契約書一〇条では「代理店は被保険者の請求を援助する。」とされている(甲四三)ので、保険料未払につき代理店は保険事故が生じた場合直ちに集金することが必要である、②保険事故が生じて損害査定のため現場へ行ったとき、保険会社の担当者は分割払保険料の未払を契約者に注意すべきである(甲一九)、③代理店が未払保険料を立替払することも十分考えられるなどと証言する。しかし、①については保険事故が生じた場合直ちに取立債務にかわるわけではなく、②③については法的義務とまでは認められないので、右証言を採用することはできない。

三  結論

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判官新堀亮一)

別表一  商品・製品類一覧〈省略〉

別表二  什器備品類一覧〈省略〉

別表三  原価計算表〈省略〉

別表四  ヤナギタ・テクノ金型類取引一覧表〈省略〉

別表五  東洋紙業金型取引一覧表〈省略〉

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